木曽 隆
長永寺住職・僧侶・当会事務局長

私が医療との関わりを持ったのは1985年に田宮仁先生に声をかけていただいていただきです、「ビハーラ」という言葉と僧侶が医療に関わって欲しいと聞いた時でした。
その時涅槃経のアジャセ王の物語「お釈迦様が病に苦しんでいるアジャセに対し『光を放ちて、まづ王の身を治す。
しこうして後に、心に及ぶ』の経文を聞き私も同感しました。
医療と宗教が協力して病者と関わらなければ真の救いは無いのではないか。
田宮先生は長岡にビハーラ病棟を造りたい。
その為には、病棟を造ること、ビハーラにおけるケアの在り方を考えること、ビハーラは医療と僧侶の協力が必要であり、その為には医療に関わることのできる僧侶の育成をする。
また多くの市民や医療福祉関係者にビハーラを啓発する必要があるなどと話し合った記憶がある。

木曽氏

田宮先生の要望に応えるため私は今も共に活動している曹洞宗の近藤さんを初め長岡市内の友人の僧侶と共に新潟県仏教者ビハーラの会を立ち上げた。
毎月の医療者を招いての学習会、わらび園でのボランティア講座の受講等、すぐに意欲のある若手僧侶を中心に70名ほどの会員が集まった。
その多くがこれまでの僧侶の活動に疑問を持ち満足のできない思いをもっていた僧侶だった。
新しい僧侶の活動を模索していた方々にビハーラは賛同を得たわけである。

その活動の中で黒岩先生の立ち上げた全国組織である「医療と宗教を考える会」に招かれたことが御縁となり、その後新潟県で発足した「医療のこころを考える会」に参加した。
当初僧侶が病院を訪問すること自体が稀有の時代で、医療関係者からは嫌な目で迎えられたことを思い出します。
その後「医療のこころを考える会パート2」からは西病院の事務局の協力を得て多くの人々と関わり、活動を続けてきたことを通じて少しずつ僧侶に対する意識も変わり、ビハーラ病棟も理解されるようになってきました。
私はこの会に入っていろいろな業種の多くの方々に会うことができ、本音を言える仲間ができたことが素晴らしいことでした。
そして今、臨床宗教師やビハーラ僧などの必要性が認められ、医療と宗教の関わりが新しい時代を迎えようとしている。
多くの宗教団体や宗教系大学でもビハーラを活動の柱に掲げて取り組んでいます。
老病死は誰もが避けて通れない問題です。
しかしこのいのちの根本問題の解決は科学だけでは解決しません。
宗教的ケアが必要であり、そのことが今後ますます叫ばれてくるのではないだろうか。
この問題に私たちはこの度の「新潟いのちの物語をつむぐ会」を発足させ活動していく事になりました。